「不穏化する一方の世界で、高まる日本への期待-グローバルな課題解決策を議論するプラットフォームを日本に設立せよ-」
瀬口 清之
2018年6月14日
米国におけるトランプ政権の特殊な状況
米国のドナルド・トランプ政権発足から約9か月が経過した。この間、スティーブ・バノン首席戦略官、ラインス・プリーバス首席補佐官ら政権中枢の重要ポストにあった人々が辞任し、政権の顔ぶれはかなり変化した。
しかし、トランプ政権の政策運営の混乱ぶりには改善が見られていない。
政権発足から半年間程度は助走期間として、政策運営上の不適切な対応はある程度やむを得ないと考えられていた。
しかし、すでに9か月が経過し、政権中枢の顔ぶれも大きく入れ替わったにもかかわらず、政策運営は発足当初と変わらぬ混乱ぶりを呈し続けている。こうした状況は過去に例がないと米国の大多数の有識者は頭を抱えている。
それにもかかわらず、トランプ大統領の支持率は30%台後半から40%前後で安定している。政策運営に対する有識者の憂慮が一段と深まっているにもかかわらず大統領の支持率は安定的に推移しているという乖離現象は米国が直面している問題の難しさを物語っている。
元々反エスタブリッシュメントの色彩が濃いトランプ大統領が選ばれた背景には、1980年代以降、米国経済が成長したにもかかわらず、その果実は所得階層最上位の人々だけが享受し、中間層以下の人々の収入はほとんど上昇していないことに対する強い不満がある。
最上位3%の富裕層が所得全体に占める割合は1989年の44.8%から2013年の54.4%へと上昇した(FRB米国連邦準備制度理事会調べ)。
こうした状況が長期にわたって改善されてこなかったことに対して、米国一般庶民は政策運営を主導してきたワシントンDCの政治家、役人、学者、有識者や彼らを支えたウォールストリートの金融界のリーダーなどに強い不満を抱いている。
こうした所得格差の拡大に対する不満を背景とするエスタブリッシュメントへの反感が続く状況下では、トランプ政権が非常識な政策運営を行っても、エスタブリッシュメント層を敵に回して戦う姿勢を示し続ける限り、米国内では一般庶民から安定的に支持される可能性が十分ある。
その政策運営の副作用は米国内にとどまらず、全世界にも大きな影響を及ぼすことになる。
トランプ政権の外交姿勢と主要国の反応
トランプ政権の外交政策の特徴の1つとして、米国以外の国々に対して応分の負担を求める姿勢がある。
従来は米国の圧倒的な経済力や軍事力を背景に、経済や安全保障に関わるグローバルな課題の解決に際して、米国が積極的に主導権を握り、必要なコストを自ら進んで負担する姿勢が目立っていた。
しかし、トランプ政権発足後は、以前の米国政権とは異なり、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉からの離脱、パリ協定からの離脱など、多国間協定や国際組織を通じたグローバルな課題解決に対する消極的な姿勢が目立っている。
また、NATO(北大西洋条約機構)における欧州諸国の負担増大要求など、他国に対してタダ乗り(Free Ride)を許さず、応分の負担を要求する姿勢を示している。
こうした米国の姿勢の変化に対して、欧州諸国を中心とする米国以外の主要国は米国の担ってきた役割を肩代わりしようとはしていない。
このため、NATOにおける負担増問題を巡る米国とドイツの関係悪化にみられるように、グローバルな課題の解決策に関する建設的な議論を行うことが難しくなっている。
今後、トランプ政権あるいは米国以外の主要国のどちらかの姿勢が変化しない限り、グローバルな課題解決をめぐる主要国間の協調は難しくなる可能性が高い。
グローバルな課題解決の難しさ
この間、グローバルな共通課題の特徴をみると、地球環境・気候変動、テロリズム増大、難民受け入れ問題など、国境を超える問題が中心となり、各国間の協調がますます重要になっている。
欧州における難民受け入れ問題のように各国が自国の都合を優先する姿勢に固執すれば、解決が困難となる。このため、1国の利害得失を超えた、グローバルな観点から実現可能な選択肢を選ぶことが必要である。
そうした解決策に関する合意に到達するには、各国がある程度の妥協をして、応分の負担を覚悟することが必要となる。しかし、これは国内の政権基盤がぜい弱な政権には極めて難しい選択肢となる。
世界の主要国の政権をみると、一部の国々を除いて、そうした国際的な妥協に耐えられるほど安定した政権基盤をもつ政権は多くない。
グローバルな課題解決の方法の歴史的変化
グローバルな課題解決方法について、歴史を振り返ってみると、19世紀までは主に武力によって相手国を制圧することによって問題解決を図ることが主流だった。
しかし、20世紀に入り、第1次・第2次両世界大戦を経験し、武力に頼らず、各国代表間の協議によって問題解決を図る枠組みが構築された。
国連、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)、G7、G20、GATT(関税および貿易に関する一般協定)、WTO(世界貿易機関)などがその代表例である。
ただ、そうした組織や枠組みを通じた主要な問題解決は、最終的には強力な軍事力を保有する国連安全保障理事会の常任理事国間の合意が必要になることが多い。これはグローバルな主要課題が安全保障問題だった時代には適合していた。
ところが、最近のグローバルな課題解決のためには軍事力以外の経済・文化・宗教などに依拠するソフトパワーの重要性が高まっている。
グローバルな課題解決のためのプラットフォーム構築の提案
以上の論点を整理すれば、米国はトランプ政権の下、グローバルな課題解決に対して世界の主要国による応分の負担を求める姿勢を示しているが、各国は負担を担うことに消極的である。
このため、グローバルな課題解決を巡る主要国間のコンセンサスの形成がますます難しくなる方向にある。米国内の政治状況を考慮すれば、米国のこうした外交姿勢が継続する可能性は十分考えられる。
この間、グローバルな課題の中身は1国の利害を超えた性格が強まっているとともに、その解決のためには軍事力以外のソフトパワーの重要性が高まっている。
現状では主な国際協定・組織は各国政府の代表により構成されていることから、メンバーの立場は各国の利害を優先せざるを得ず、上述のような特徴をもつ最近のグローバル課題の解決についてフランクに議論することが難しいのが実情である。
こうした状況を考慮すれば、今後の世界秩序形成についてフランクに意見交換できる新たなプラットフォームを形成することが必要である。
その新たなプラットフォームが具備すべき条件は以下のとおりである。
- 世界秩序形成に強い影響力をもつ主要国の代表が参加する。
- 各国の利害を超えて、グローバル課題の解決策を議論する。
- 各国政府の政治・外交的な立場の制約を受けないよう、メンバーは政府代表ではなく、学者および経済人とする。したがって、トラック2会合の形式が前提となる。
- 各メンバーは相互理解と相互信頼に基づいて率直かつ真摯に議論する。
- 参加メンバーはできる限り固定メンバーとして、議論における各メンバーの発言内容は非公表とする。
- 議論の結果得られた共通認識、共通認識に至らなかったが考慮すべき主な論点などを公表し、各国の政策運営や中長期のビジョン構築の参考意見として生かしていく。
- 議論の結果は将来の政府間協議のための参考情報として位置づけ、参加メンバー国の政策に対して制約を加える効力は持たないこととする。
以上のようなプラットフォームを形成することによって、今後ますますコンセンサスの形成が難しくなっていくことが懸念されるグローバルな課題解決に向け、主要国間で問題意識を共有し、相互理解と相互信頼を促進する意義は大きい。
日本が果たすべき役割
では誰がこのようなプラットフォームを提供すべきだろうか。
もちろん決まった答えはない。ただし、7月の拙稿でも述べた通り、日本は明治維新以後、東洋の国家でありながら西洋の国々と緊密な関係を構築してきており、西洋東洋の両側から一定の信頼を得ている。
また、憲法上戦争の放棄と戦力の不保持を国是としているため、グローバルな課題解決の手段として、軍事力に頼らずソフトパワーを通じた問題解決のみを追求する立場を貫いている。
そうした日本の特殊な位置づけは、軍事力ではなくソフトパワーを重視したグローバル課題の解決のためのプラットフォームを提供するには最も適した条件を備えていると考えられる。
加えて、日本の伝統精神文化としての「和」の理念には調和・融和・平和といった概念が内包されているほか、「おもてなし」の心に代表されるホスピタリティに対する国際的評価も高い。
以上のような考え方に基づき、民間企業が主体となって民間団体を日本に設立し、世界の主要国の有識者によって構成されるトラック2会合形式でのプラットフォームの構築を目指すことを、日本が世界秩序形成に貢献するための構想として提案したい。
瀬口 清之
2017年10月18日付 JBpressに掲載