動向や取り組み

「徳目」に基づくユニークな評価制度

富士製薬工業株式会社の取り組み

2018年6月14日

「これが当社の評価制度の内容です。それぞれの項目について5段階査定をしています。業績評価と、この評価の割合が、2:1ぐらいです」

富士製薬工業株式会社の今井博文会長が差し出して下さった表には、「新・徳目評価指標19項目」と書いてあります。その下には、このように書いてあります。

「徳」ある人とは、「他者のために最善を尽くすとともに、他者の幸せ、成功を心から悦ぶ」人のことです.

自らの使命を知り、その実現のために自らを厳しく磨き、他者を尊重し、最後までやり通す覚悟を持って、謙虚に真面目に真剣に、目標に向かって行動し続ける人のことです。

徳目評価制度は、我々がそういった「徳」ある人を目指し、そう在るために、以下の7つの徳目(19の指標)で我々自身を評価するものです.

社員間で日頃の行動をよく観察し合い、お互いの徳の発揮を認め、そしてお互いの徳磨きに貢献し合ってまいりましょう。

その下には、「礼」「義」「覚悟」「智」「仁」「中庸」「信念」という7つの徳目の下、19の指標が並んでいます。たとえば、

  • 【本質】表面的には見えにくい物事の本質を見ようとしている。
  • 【公平・バランス】偏りがない。大局観・バランス感覚を持って判断している。
  • 【信念】正しいと信じていることを持ち、何としてでもやりとげようとしている。

といった具合です。

そして、それぞれに対する「基準行動例」「徳の発揮に反する行動例」、そして「評価」として、「評価者の観察結果から、評価者としてどう評価するかを選択する」として、19の指標のそれぞれに対して、1~5段階評価の基準が示してあります。

国内だけで700人の社員を抱える民間企業が、徳目で社員の評価を行い、しかも業績評価とともに評定の対象としている! びっくりしました。本研究所の理事長でもある今井会長へのインタビューをお届けします。

――こういう徳目で評価するというのは初めてみました。ほかの企業でもありますか?

わが社が初めてのようです。

――いつごろからこういう形での評価を?

取り組み始めたのは3年前です。中国古典がベースになっていますから、社員の皆さんにも比較的わかりやすい田口先生の本などを薦めて、慣れてもらうように努めています。それでもわかりづらい内容については、肉付けしたり、内容を入れ替えたり、という作業を毎年やっています。

――田口先生とのお付き合いは20年以上とお聞きしましたが、その中で、評価もこういう形で、となってきたのですか?

そうですね。たとえば、評価制度で過去流行ったのは、米国だったと思いますが、コンサルティング会社のヘイという会社がつくったコンピテンシーを用いた評価制度です。われわれも流行に乗って、しばらく評価制度として使っていたのですが、評価制度の使い方が偏っていたのでしょうけど、自身のアピールが上手だったり、短期的に実績を上げる人が、比較的高い評価になるようになってしまって。

「会社として期待している人があまり評価されていないよね」ということが始まりだったと思います。

経営理念は、「会社は社員の成長を支援する場」

――そもそも、になりますが、御社の経営理念を教えていただけますか?

「優れた医薬品を通じて、人々の健やかな生活に貢献する
 富士製薬工業の成長は、わたしたちの成長に正比例する」

 私どもは、製薬会社です。ほかの製薬会社でも、何か「会社の活動を通じて人のお役に立つ」ということは、理念で示されていると思いますが、当社の場合、変わっているのは、「会社は社員の成長を支援する場です」ということを明確に示していることです。私は2代目で、先代が作ったものです。

社員がいろいろな経験を重ねて成長する場をつくるのが会社の使命だ、ということを大事にしてきています。成長の場をつくり続けるためには、医療という業界の中で、きちんとお役に立って、稼いで、元手をすべて社員の成長のために活かしていくーーこれが、当社の会社設立の目的だったと聞きました。

父が創業しようとしたとき、会社をつくるか、学校をつくるか、迷っていたらしいです。で、「両方できるようにしたい」と。会社を半ば学校のような場にしたい、会社活動の中でいろいろなことを学んで、経験して、成長してもらいたい。これが、会社設立の目的のようでした。

田口先生にご指導いただく中で、「中国古典の中で大事な言葉を1つ選んでください」とむちゃなことをお願いしたら、先生は「徳です」とおっしゃいました。「徳のある方って、どんな方ですか」とお聞きすると、「自分のベストをほかの方に尽くし切っている人です」と。

われわれの経営理念のキーワードが「成長」と「貢献」です。われわれは会社活動を通じて経験しながら、汗をかいたりしながら成長して、少しでも医療の役に立とうとしていますが、それと同じことなのかなと思いました。

われわれは成長しながら最善を高めていかないといけない。自分の最善を高めながら、医療で患者さんに尽くすことをもっと増やしていく、尽くすことをもっと広げていくーーこれが理念で示していることなので、「徳」もまったく同じなのかなと思ったのです。

先代が「会社を学校のような場にしたい」と思った背景には、「社員を家族と同じように世界一幸せにするんだ」という思いがありました。社員を半ば身内のように大事にしないと、会社という場で支援し続けることは難しいからです。この理念をできるだけ深く信じ、一貫して実践し、長く息づかせていきたいというのが先代の思いでした。

先代は早く倒れたものですから、私は30ちょっとで経営を継ぐことになりました。そのころはまったく会社経営も理念も何もわかっていなかったのですが、父がよく口にしていたことは、会社を継いで数年してから、田口先生をはじめいろいろな方にご指導いただきながら、何となく分かりかけてきたように思います。

私は典型的な2代目で、楽しいことばかり考えていたほうなので、どこかで覚悟を決めないといけないのかなと思いました。今もそうですが、人付き合いがあまり得意なほうではなくて、プライベートと会社の人間関係は、どこか線を引いていました。

でも、覚悟を決めて、できるだけその線をなくすようにしようと思いました。社員と向き合うとき、お取引先と向き合うとき、「これが息子だったら、同じような言動になるのかな」とか自問自答することで、父が考えていたことを少し引き継いでこられたと思っています。

ですから、当社では、たとえば新しい薬を開発するときも、「その開発を通じて、そこにかかわる社員が少しでも経験を広げてくれたらいい」、「できればきちんと世の中に出して、次はもっとハードルの高い開発をやってみたい」というように考えます。

会社が投資するときも、「その投資をすることで、かかわる社員が幸せになってくれる」「何か経験してくれたらいいな」ということを大事な目的にしています。何か投資をしてうまくいかなかったとしても、その投資を通じて、社員がいろいろなことを経験できたり、成長できる機会になったのであれば、それでよしとしよう、と。

ただ、そうは言いながらも、われわれ経営の立場からすると、社員に大失敗はさせたくない。立ち直れなくならないようにだけ、あまり表に出ないようにできるだけサポートするのがわれわれの仕事だと思っています。製薬の仕事を通じて、社員がもっと経験できる、もっと活躍できる、もっと成長できる機会や場をつくり続けることが、取締役や役員といった管理職の仕事です、と位置付けているのです。

成長の場を、――われわれは「投げ続ける」と言っているのですが――、社員に今までよりもっと汗をかいてもらったり、苦労してもらったりという場を、私も投げ続ける、できるだけ提供しようとしています。

不妊治療に使うある新薬を開発できたとき、販売にあたって、日本の不妊治療を代表するオピニオンリーダーの先生方としっかり関係をつくらせていただいたり、関連する研究会を先生と一緒に立ち上げたりしました。

そうすると、われわれ社員もあまり経験したことがないので、日本を代表する先生方と関係をつくるために、専門性も引き上げなければいけないですし、研究会の運営自体からもいろいろなことを学ばせていただく。みんな汗をかきながらやっています。大変ですが、そのことを通じて社員が経験を積んでくれたらいいね、というのが、われわれの大事にしていることです。

徳の実践は、会社経営のど真中にある

――そういった経営理念を、どのように徳目による評価制度にしていったのですか?

最初は、理念やミッション、行動指針などはありましたが、徳のところを具体的に、「こう行動してもらいたい」というところまでは示していませんでした。つまり、徳のある人になるには、具体的に、どんなことを大事にしたらいいか、です。

しかし田口先生は、徳について、実践的・具体的な規範としてご指導されていますから、それをわれわれの行動指針として活用させていただきたい、できたら、きちんと根づくように、評価制度まで組み込いたい、と先生にご相談しました。

経営理念や徳の実践というのは、会社経営のど真ん中にあるものだから、「徳」は教育研修の中に組み込んだり、評価体系にも組み込んでいくものだよ、ということです。もっとも、最初は「何ですか、これ? われわれの目的は稼ぐことでしょ」という社員も少なくありませんから、伝えながら根づかせようと努めているところです。

――評価制度は3年前からとおっしゃっていましたが、教育研修などで、「徳」を大事にすることは、以前から伝えていらっしゃったのですか?

そうです。田口先生が新しい本を出されるたびに、推薦図書として管理職全員に読んでもらって、レポートを出してもらうということもしてきました。実務に活かせる研修にあまり偏らないように、田口先生の研修だけではなく、「人としてこんなことを大事にしてもらいたい」という研修をおこなってきました。当社は理系出身の社員も多いので、合理的な思考になりがちです。なので、こういったことも大事にしていきたいと思っているのです。

社員の反応や変化

――「徳」を教育や評価制度に実際に組み込んでみて、社員の変化や反応はどのような感じですか?

この業界に入ってくる人はもともと、「医療の役に立ちたい」という思いを持っています。ただ、業績も求められるので、忙しくなるともともと大事にしていたことが薄れてきたりします。そういう状況のなかで、「何のためにわれわれは存在しているのか、何のために仕事をしているのか、その確認ができる機会ができた」という社員の声は多くなっていると思います。

大事なことが薄れたまま忙しくなると、われわれも疲れてしまうのです。どこか青臭いかもしれませんが、徳の実践を通じてお医者さんから「ありがとう」とひとこと言ってもらうことがすごく大事だったりします。どんな大変な中でも、そんな一言をいただければ頑張れるということは、みんな経験しています。

ですから、「そういうことが大事なのだ」ということを共有しながら、少しずつですが、仕事の位置付けや会社の中でのつきあいも、「変え始めた」という声もあります。まだまだ、これからだと思いますが。

――同じ医療や製薬の会社でも、徳のある社員からなっている会社は、世の中に対する貢献という意味でも違いがあるのでしょうね。

社員が疲れ切っていないで、いつもやりがいを持って、「ありがとう」と言ってもらって、役に立っていることが彼らにとっての充実感だったりすればいいのかなと思っています。

営業でも、単に数字を上げるだけではなくて、「先生、お役に立てることはないですか」、「何かお困りのことがあれば、お手伝いできないですか」という姿勢で、仕事をするように心掛けています。そうすると、単に数字を上げるだけという時とずいぶん変わってきます。少しでも先生の役に立とうということを大事に仕事をしていると、まわりとの関係性も変わってきます。そんなふうに、いつもワクワクしながら仕事をしてくれていたらいいなと思っています。

対話を通じて、具体的な評価方法をつくっていく

――徳目による評価は、具体的に、だれがどのようにおこなっているのでしょうか?

実際は全員でおこなっています。チーム内の上司であろうが部下であろうが、全員この評価軸で評価し、その結果に基づいて、管理職が最終的には評価します。みんなの真剣な評価は、日頃からお互いが見ていますから、管理職の最終的な評価とはあまり乖離していません。

――この評価を取り入れた一番の目的は、理念や徳を根づかせること?

そうです。社員に、こういうことを実践して、幸せになってもらいたい。少しでも社員が幸せになってもらったらいいなというのが目的です。

――社員の成長や幸せのためにやっているということは、社員の方もよくわかっていらっしゃる?

はい。

――「徳」のお話は、私も田口先生からもよくお聞きしますが、このようにきちんと項目にして、実行可能な形にできるのですね。

ずいぶん書き換えました。項目も、最初は倍くらいの数があったと思います。みんなで対話しながら、「ここは評価しづらい」とか、「この項目とこの項目はかぶっているんじゃないの?」とか、そういう声がある程度集まったら、われわれなりに案を作って、田口先生のところに持っていきます。「先生、ここまで省くと、どうですか」とお尋ねして、「それでいい」「そこは省いてはいけない」など、ご指導いただきながら、少しずつ良くなってきたと思います。

――この徳目評価も給与やボーナスに反映されるのですよね?

ええ、反映されます。今は、業績評価と徳目評価が2対1くらいの割合ですね。

――けっこう徳目評価の割合も大きいのですね。

そうですね。

――こういう形で、業績と並んで自分の徳目が評価されるということについて、社員はどのように感じていますか?

皆さん、比較的前向きでした。これを導入し始めてから、内容についても、これをやること自体についても、社員のみんなからアンケートを定期的に出してもらいますが、この制度自体を否定したり批判する意見はこれまでなかったです。内容についてはかなり率直な意見を出してもらっていて、それは反映するようにしてきました

 ――こういった徳を、それぞれの項目ごとに高めていこうと思ったときに、支援や手助け、教育もあるのですか?

ええ、フィードバックしないとあまり活かせませんから、点数が高い社員には「ほかの人のモデルになってもらいたい」と本人に伝えたり、低いところは、「次の1年間でこんなことに取り組んでみようか」というように、最低年2回ある面談の機会に、課題を共有して取り組んでもらうようにしています。

「ここのところはよくわからない」とかいう場合は、「田口先生のこの本を読んでみて」とすぐに伝えます。先生がいろいろ出されている本をテキスト代わりに使わせていただいています。

――社員が、よりどころにするものを単なる数字ではないところに持てる、というのは幸せですね。

そうですね。いろいろ社内にも課題はありますが、今問題になっているような企業の不祥事などが起こる確率は高くないと思います。当社の場合、こういう考え方を大事にしてきた会社なので。親子で仕事をしている人も多いですね。ご両親が勧められて、お子さんが入社される例がけっこう多いです。

――わが子に勧められる会社って、いいですね。経営者として、最高ですね!

そうですね。

 ――一方で、当たり前ですが、きちんと利益を上げて、会社としての持続可能性も担保しないといけない。

そこは絶対にチャレンジし続けないと、社員が成長できる場をつくれませんから。われわれ経営者は、いつも目線をできるだけ高くして、足がつるくらい背伸びして、いろいろなことに布石を打っていかないと、社員がワクワク生き生きしながら苦労し続けることができません。そのための元手は、きちんと業績を上げて、計画を達成して確保しないといけないので、稼ぐということについては、われわれが一番執念を持たないといけない、と考えています。

 ――営業の社員も売上のノルマがあるのでしょうけど、一方でこういう軸足があるから、「正しいことをして稼ぐ」ということですね。

ええ、そうですね。

――御社は上場されていますか?

はい、しています。

――そうすると、今、短期的な視野の株主が増えているようなところもありますから、「こういう徳なんかより、もっと短期的な業績を上げろ」というようなプレシャーはありませんか?

いつもあります。

――ですよね。それは、きちんと説明することで対応しているのですか?

そうですね。現在は5年計画を作っています。そこのビジョン、「2019年9月末までにわれわれはこうなっていたいね」というところは具体的に明文化していますから、その目標に向けてみんな取り組んでいます。そのためには、今月何をしなければいけないということは明確になっています。

機関投資家や市場は、どちらかと言うと、「ここを目指すために今ここをやらなければいけない」と開示している計画を、きちんと達成することを要求されますから、短期的なところをかなり細かく意見されます。それはそれで大事だけれども、「われわれは、そこだけではなくて、ここを目指していますから」というところは共有するようにしています。

 ――上場していることが、徳という短期的ではない、しかし重要なことを進めていく上でのハードルになっていないのですね?

上場していて、市場から短期的であってもしっかりクリアすることを要求されているというのは、いい緊張感だよねととらえるようにしています。われわれはオーナー経営なので、上場企業として市場から率直な意見をいただくことは、われわれにとって良かったと思っているのです。

――日本でも世界でも、こういう形での経営は聞いたことがないですね。でも、ウェブを拝見しても、それほど前面には出ていないようですね? ほかの企業で真似したいというところはまだ出ていないですか?

これまでは、まずは社内で理解してもらう、運用するというところでいっぱいでした。社内で、少し根づいてきたかなという段階なので、これからはもっと、われわれのこういう取り組みを積極的にアピールしていきたいと思っています。

――それがまた次の成長につながるということですね。

はい。いま、どこも環境が厳しくなっています。上場していると、毎年、増収増益が要求されますし、どうやって事業価値を上げていくか、どう要求に応えるうかというところに、どうしても偏りがちです。偏ってしまうと、われわれ自身も、「何のために仕事しているのだろう」となってしまいます。われわれがそう思い始めたら、社員はもっと疲れると思います。

市場からの要求は要求として、きちんと正当に正面から向き合っていかないといけないですが。でもわれわれとしては、数字を上げることも大事だけど、「数字を上げるのは、みんなに健康になってもらいたいから」ということで仕事をしているのだ、というところはいつも軸に置いておきたいなと思います。いつの間にか、そういうことは薄れていってしまうので......。

――そうするといろいろな問題につながる......。

「会社がお金を稼ぐことは、手段だよ」ということです。「今まで勉強する機会がなかった科目を増やし続けるために、われわれは稼いでいるんだ」と言ってます。みんなが、「これを受けてみたい」「これを経験してみたい」というのをできるだけ増やし続けていく。

タイに子会社を持っていますが、子会社との仕事や、子会社を通じた東南アジアの仕事を通じて、また一つ、選択科目を増やす、というところが大きな目的です。「そこで経験してみたい社員は、みんな手を挙げて」と。経験や能力以前に、手を挙げる意欲があることを尊重するようにしています。

そのためには稼がないといけない。でも稼ぐのはそのための手段だよ。目的は、そこでわれわれが成長して、幸せになって、お役に立ち続けることだよ、と。われわれが成長できる場をもっと広げ続けるためには、稼ぎ続けないといけない。そこは先代から大事にしてきているところです。

――今、投資の世界でも、ESG投資なども増えていますし、株式市場での通常の評価だけでなくて、そういうところでぜひ見てほしいですね。

そうですね。これがきちんと根づいて、みんなが人のために良い汗をかいて、幸せを感じながら、いつもワクワクしながら、仕事できるようになる。そうすれば、自然と事業価値も高まってくると思うのです。

 ――そうですね! 繰り返しおっしゃっている「ワクワク」というのがキーワードですね。聞いていてもワクワクするお話を、ありがとうございました!